大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和33年(オ)116号 判決 1962年5月18日

上告人 猪又勉

被上告人 猪又市太郎

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人田村五男、同浦上一郎の上告理由第三点について。

原判決は、上告人先々代清之亟の本件土地に対する占有は悪意であると認定した上、右清之亟の死亡によりその家督を相続して本件土地に対する占有を承継した上告人先代善助の占有は、新権原にもとづき占有を開始したものでないからその性質を変えることなく、清之亟の地位をそのまま承継した悪意の占有者というべきであるから、一〇年の取得時効を完成するに由なきものといわなければならない旨判示している。しかし、民法一八七条一項は「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得」と規定し、右は相続の如き包括承継の場合にも適用せられ、相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意悪意の地位をそのまま承継するものではなく、その選択に従い自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することができるものと解するを相当とする。従つて上告人は先代善助の占有に自己の占有を併せてこれを主張することができるのであつて、若し上告人先代善助が家督相続により上告人先々代清之亟の本件土地に対する占有を承継した始めに善意、無過失であつたとすれば、同人らが平穏かつ公然に占有を継続したことは原判示により明らかであるから、一〇年の取得時効の完成により本件土地の所有権は上告人に帰属することになる。そうすると、原判決は法令の解釈を誤つた違法があるものというべく、論旨は理由があり、この点に関する大審院判例(大正三年(オ)第五八七号大正四年六月二三日言渡判決民録二一輯一〇〇五頁、大正五年(オ)第六七四号大正六年二月二八日言渡判決民録二三輯三二二頁、昭和六年(オ)第三二二号同年八月七日言渡判決民集一〇巻七六三頁)は変更せらるべきものである。そして、本件においては、上告人先代善助が本件土地の占有を承継した始めに善意、無過失であつたか否かが時効完成の成否を決する要点であるが、この点について原審は何ら判断を与えていない。それ故、本件は、さらに審理を尽すため、原裁判所に差し戻すべきである。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

上告代理人田村五男、同浦上一郎の上告理由

第一点 原審判決はその理由の(四)において「清之亟が同組合に対し本件土地を譲渡し、かつ同組合から本件土地の譲渡を受けたことを認め得る何等の証拠はない」としている。然しながら、

一、なる程右原審判決の理由において挙げた諸証を綜合すると、上告人先々代清之亟が住宅造成組合に加入した点、及び本件土地を含む同人所有の土地合計一三三・三坪につき坪当り金三円六四銭の割合による埋立費を同組合に支払つた点、同組合に盛土させた点は認められる。然し乍ら右原審判決がその理由において引用している右諸証を綜合すると、右の点以外の点、即ち上告人が原審において主張している処の上告人先々代清之亟は右昭和八年の津波により本件土地に再び被害を受けた後、前記嬉石第二住宅適地造成組合に加入し、被上告人の代理人として本件土地所有権を同組合に譲渡した処、同組合では組合員の提供した土地につき整理分合した上、昭和十一年頃右清之亟に譲渡したものであるとの点が明かに認められるのである。

二、即ち証人平野重兵衛の第一審における供述によると、上告人の先々代清之亟が前記嬉石第二住宅適地造成組合の組合員であつた点、右組合は右嬉石部落の人達が協議して流された土地を造成して宅地となる為め組成したものであり、その協議し合意した内容は、右組合の定款に表されているものである事が認められる。而も第一審における証人細川亀太郎の証言によると前記清之亟は本件土地を「同人の土地として」組合に加入しているのである。

三、然るに前記証人平野重兵衛の証言によつて成立を認められる右住宅適地造成組合の定款第一条によると、組合の目的は「敷地の購入を為しこれを組合員の使用に供し及びその所有権を譲渡する」ものであると為され、又組合財産につき組合員の有する持分は同定款第八条によると組合員の「払込済出資金額に応じて算定」するものであり、又その出資一口の金額は同第十九条及び第二十条によると「区域内所有坪数に応じ」て算定するものである。従つて組合財産に対して有する組合員の持分は「区域内所有坪数に応」ずるものといい得べく、果してしからば原審判決理由(四)によりて挙げた諸証によつて明かな如く上告人先々代が組合に加入した土地は「本件土地を含む同人所有の土地合計一三三・三坪」なのであるから、以上の理由によつてこれは当然組合の財産となつているものであり、右上告人先々代が定款の定めによつて組合に譲渡したものなのである。

四、又右定款第二十九条によると造成された宅地の所有権は「出資金額二分の一以上払込み」たる時、当該組合員に譲渡されることについて明文があり同第十五条、第三十条、第三十一条はいずれも宅地の所有権は「組合員に」譲渡されるものであることを前提としているものである。

五、上告人は原審において一に於て述べた如く本件土地は前記組合から所有権の譲渡を受けたものであり仮りに被上告人が上告人先々代清之亟に対し本件土地所有権を前記組合に譲渡することにつき代理権を授与しなかつたとしても同組合は、右代理権があると信じたことに正当の理由があつたから同組合は民法第一〇九条、同一一〇条により本件土地所有権を取得し、更に適法に上告人先々代に譲渡したものであるとの主張については同じく原審判決理由の(四)に挙げた諸証を綜合しても本件土地の組合による土盛は被上告人の意思に基き平隠且公然と行われ、被上告人は何等異議をさしはさまず全然関与しなかつた事は明かである点から明らかに結論づけられるものであると思う。又上告人は仮りにこの点が認められないにしても、本件土地に対する土盛完了後被上告人が前記清之亟に対し土盛費用を支払わんとしたのは右代理行為を追認したものであり、従つて本件土地所有権は適法に組合に譲渡され組合から前記清之亟に譲渡されたものといい得ると原審において主張したものであるが、この点も成立に争のない甲第九号証、原審に於ける証人藤井富次郎、同じく被上告人の各供述に現われているのである。

六、以上の如く上告人の本件主張については明かにそれを根拠づける諸証があるのに原審判決はその理由において単に「認め得る何等の証拠はない」とのみであるのは、理由不備であると云わねばならない。

第二点

一、原審判決はその理由の(五)において上告人先々代清之亟が「本件土地に前示土盛をした後本件土地は清之亟の妻ツル及び善助の妻ハナミが耕作し、昭和二十三年十一月十二日ツルが死亡した後、ハナミは本件土地をその妹の夫に当る千葉菊次郎に耕作させてきたことが認められる」としていて少くと

も土盛以後は前記清之亟の占有を認めている。

二、然るに占有者の善意は当然推定せられる(民法第一八六条)のであるからこれを悪意と認定するには証拠に基いた理由が必要であるのに原審判決においてはそれが明かでない。なる程同判決は成立に争のない乙第五号証の一、二、甲第一、九、二号証、原審証人細川亀太郎(第一、二回)、原審及び当審証人猪又ミドリの各証言、第一審及び原審での被上告人及び上告人法定代理人猪又ハナミ(原審第二回)の各本人尋問の結果を綜合して上告人家と被上告人家が本家分家の関係にある点や、清之亟の妻ツルは被上告人の母マツの妹に当るとか、被上告人は専ら漁業に従事し、清之亟から生活援助を受けていたが清之亟の子亀蔵からは船代を取らず家族同様の親交を重ねたとか、本件土地は被上告人乃至被上告人先代の所有名義であつたとか、昭和十二年頃被上告人は上告人先々代清之亟に対し土盛費用の支払を申し出た事実を雑然と認めてはいるが、これ等の事実のいずれから清之亟の悪意が結論づけられるのか全く明らかではない。むしろ被上告人が清之亟から生活援助を受けていた事実や、両家の親交のあつた事実は登記の如何にこだわることなく所有権は上告人主張の如く上告人先々代のものであり、従つて上告人先々代の善意をすら推認せしめるものではなかろうか。

三、以上の如く法律上当然善意を推定される占有の悪意を認定するにつき原審判決は理由が明らかでなく理由に齟齬があるものと主張する。

第三点 原審判決は上告人先代善助の占有は「新権限にもとづき占有を開始したものでないから」「清之亟の地位をそのまま承継した悪意の占有」であるとしている。

一、なる程一般的の場合相続、遺贈等包括名義により所有権を承継した場合承継人は当該物件につき何等の認識を有するものではないので前主の善意、悪意をそのまま承継するのは当然であるともいい得よう。然し乍ら本件の場合は全然その事情は異るのである。

二、第一審及び原審における上告人法定代理人猪又ハナミの供述及び成立に争のない甲第十一号証によると、右猪又ハナミが上告人の父善助の嫁に来た昭和十二年頃は本件土地は上告人先々代清之亟所有の他の土地と合せて一枚の畠となつて居り、清之亟は完全にこれを占有して居り、土盛の組合費も清之亟がその死亡後は善助が、又その死亡後は上告人親権者が納め清之亟もしばしば本件土地は自分のものである旨上告人先代及び上告人の母並に細川亀太郎等には言つて居り、被上告人に対してはお前の土地というものは元来無いのであると前記清之亟が言つているのも聞き又上告人の母は亡夫善助からも本件土地は自分のものである旨常々聞かされていた事実が認められる。

又証人細川亀太郎の第一審及び原審における供述並びに成立に争のない甲第九号証を綜合しても右細川亀太郎が物事を識別する頃より前記清之亟が本件土地を占有耕作して居り、又被上告人の土地というものは元来ない旨右清之亟が語つていた事が認められる。

三、以上の様な事情は前記善助が常々父清之亟から常々本件土地は父清之亟のものである旨聞かされ、その様に信じていた事を示しているものであり、殊に自分の尊敬する肉親の父から、然も成立に争のない甲第二号証によると善助は明治四十四年生であるから殆んど物心のつく頃から直ちに直接、その様にいわれ、又土盛費用も清之亟名義を以て自己が支払つている点等よりしてその様に信ずるにつき少く共善助は過失は無かつたものである。従つて仮りに父清之亟が悪意であつたとしてもその占有を承継した善助迄も単に包括承継なるとの故を以て当然善助も亦占有の始め悪意であるとする原審判決はその理由に齟齬があるものである。

第四点 上告人は取得時効の主張については明治二十九年の津波後を起算日とする主張の外、昭和八年津波後の取得時效完成の主張を為しているのである。

一、成立に争のない甲第九乃至一一号証、第一審証人千葉菊次郎、第一審及び原審証人藤原ツル、細川亀太郎の各証言、第一審原審の上告人法定代理人猪又ハナミ本人尋問の結果を綜合すると明かに昭和八年の津波以後の上告人側の本件土地の占有が認められる。

然らば右津波は昭和八年三月三日であるので時効の起算としては少く共昭和八年四月一日を以て算定すべきである。然らば前記第一審証人千葉菊次郎の証言にある如く上告人側の占有が被上告人が家屋を建設することによつて実力を以て侵奪せられたのは昭和二十八年十一月であるので、その間上告人側の占有は続いているのは前記諸証によつても明かであるので仮りに上告人先々代清之亟が占有取得の始め悪意であるとしても二十年の取得時効が完成している理由である。

二、然るに原審判決は理由(五)に於て一にあげた諸証を綜合し一と殆んど同様の事実認定をなし乍ら其の時効の始期及び終期につき何等判然たる判断を下さず清之亟は悪意であるとの理由を以て上告人の主張を退けているのは、その理由に齟齬のあるものである。

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